Diversity Equity & Inclusion
TANAKA


リテール部門の社員が、
楽しく働ける環境の創造を
目指しています。
田中 麻里子
常務執行役員 1990年入社 理学部 数学科

仕事と働き方
入社後、システム開発部門、人事部門、支店長を経て、2023年に常務執行役員に着任しました。リテールの最前線である支店は全国に33店舗置かれています。私は支店長として6店舗を担当し、リテール部門のさらなる強化に向き合っています。まずエンゲージメントの向上を目標に、本部と支店のコミュニケーションを活性化させる取り組みを進めています。またコロナを機に働く環境が大きく変わりました。私は自宅の方が集中できるため、スケジュールに合わせて在宅勤務を積極的に活用しています。
支店長への抜擢
私はリテール営業の経験もなく、もちろん支店運営も経験したことがありませんでした。リテールの業務を理解していない中で支店長の重責を担うことは不安もありましたが、「とりあえず、やってみるしかない」と覚悟を決めて、西宮支店に赴任しました。知らないことだらけでしたから、支店のメンバー、同期の支店長、本部スタッフなどさまざまな人のサポートを受け、業務知識を急ピッチで吸収していきました。
マネジメントにおいて苦労したこと
最初に赴任した西宮支店は、メンバーが20名。コンパクトで雰囲気もいい支店でした。店舗運営・マネジメントがスタートしたわけですが、実はその部分で大きな苦労はありませんでした。というのも、支店のマネジメントは、私がかつて担当していたシステム開発プロジェクトの運営ととても似ていたからです。システム開発のマネジメントは「人」のマネジメントに尽きます。メンバーがプロジェクトの方針を共有しているか、私の考えが伝わっているか等々、システム開発プロジェクトの経験が、そのまま支店運営に活かされたと感じています。

マネジメントをする上で心がけていること
組織が大きくなると全員と日々コミュニケーションを取ることは難しくなってきます。それぞれが多様な価値観、考え方を持っていることを前提として、全員が同じ方向を向くことが必要です。私が大事にしてきたことは、メンバーの気持ちです。店舗の中ではみんな仲間ですから、みんなで助け合って頑張っていこう、そう思える環境づくりに力を注いできました。人はちょっとしたことでやる気が生まれます。そのやる気を引き出すのが、マネジメントの中心にあると思っています。
現在の挑戦している取り組み
私の役割は本部と支店の橋渡し。本部と支店、それぞれがお互いを理解し合い、リスペクトする関係を築いていきたいと考えています。お互いの声を届け、両者の思いを伝えることで理解が深まります。それは組織マネジメントの肝と言えるものです。それによって、支店のメンバーがリテール部門で働くことを誇りにして、楽しく働いてもらいたいと思っています。煩雑な支店業務に疲弊することがないよう、負荷軽減の取り組みを積み重ねていくことで、誰もが「仕事が楽しい」と実感できる環境をつくりたいと思っています。

入社後のキャリア形成
入社以来、将来のキャリアを深く考えて行動してきたわけではありません。初めから支店長や、今の常務執行役員のポストを目指していたわけでもありません。ただ、今やるべきことに全力で取り組んできました。支店長時代は、みんなに気持ち良く働いてもらう、楽しく働いてもらう体制・環境を整えた結果、数字(実績)がついてきました。何事もやってみないとわかりません。これは学生の方にも伝えたい点ですが、一つのやりたいことにこだわらず、余裕を持って自身と周囲との関係や在り方を見ることをお勧めします。
今後の抱負
他部門からリテール部門にチャレンジしたい人が増えるように、リテールの仕事が魅力的であることを広めていきたいと思っています。リテール営業担当者は会社の代表として、個人のお客さまに向き合います。そしてお客さまから「ありがとう」「〇〇さんが担当で良かった」と直接感謝の言葉をいただける仕事です。自身が頑張れば、お客さまに喜んでいただけます。信頼関係が築かれ関係性が深まれば、お客さまに名前を覚えていただけます。このような、リテールの仕事にある魅力・やりがいを社内外に発信していきたいと考えています。
One Day Schedule
決められたルーティン的なスケジュールはありません。
支店訪問の日は、支店にて、社員面談および顧客訪問を実施。
支店訪問がない時は、リテール企画を中心とした部門施策や実績の打ち合わせ、部門内の情報共有のための発信、訪問顧客の記録&お礼ハガキ作成などを行っています。

20代後半から続けているのが、ダンス(HipHop)です。イベントに出場するなど、精力的に取り組んできました。私にとって生活の一部を構成する大切な時間です。また、海外旅行も趣味の一つ。コロナ禍が明けてから、スリランカを旅しました。